チノばかま誕生秘話


こう吉野袴プロジェクト

先代こう吉野袴
先代こう吉野袴

-和服を現代的にアレンジして生活に和のテイストを-

 

着物とは元来、日本人の普段着であった。
しかし現在では儀式や冠婚葬祭といった場で、形式ばった着方をすることの方が多くなった。

 

ある日、着物にストールを巻き、ハットをかぶった老紳士を目にした。
その方は和と洋をうまく取り入れ、なんともおしゃれに着物を着こなしていた。
かつて着物は普段着だったのだから、あんな風に自由に着物を着てもいいのではないだろうか。
かの坂本竜馬も袴にブーツを履いていたほどだ。

 

そして先代は考えた。
「日本古来の袴を現代的にアレンジして、和のテイストを持ったズボンをつくりたい」
そこで目をつけたのが『野袴』。
これを普段着に使える和風ズボンにアレンジしようと考えた。
野袴プロジェクトのはじまりである。

 

早速先代は和風ズボン(野袴)の製作をはじめた。
しかし問題となるのが、絹や平織りの木綿など日本古来の生地は強度がなく洗濯にも弱いということだ。
これではズボンとして普段頻繁に履くことは不可能だ。

 

そこで、普段履いているチノパンからヒントを得て、チノクロス生地での製作を試みた。
「これなら洗濯にも強く、強度のある野袴が作れる」
デザインも十分に試行錯誤し、試作品を何本も作り、なんとか満足のいく物を作り上げた。
お客様にも好評で、製作した500本は完売した。
しかし、製作にはコストがかかりすぎるため販売価格もどうしても高くなってしまう。
これではたくさんのお客様に手にとっていただくことはできないと考え、製作はやむなく中止した。



 -新野袴プロジェクト「チノばかま」始動-

 

それから十数年の歳月が過ぎた。
リサイクル着物などの登場により、着物市場には低価格商品が普及しはじめた。
これにより従来の着物を生産して提供する側と低価格で着物が欲しいと考える需要側との間に
大きな「価格の差」という隔たりができてしまった。
リサイクル着物には限りがあり、近い将来それがなくなってしまった時に
とって代われる新しい着物が必要となる。

 

そんな時、たまたま仕事で訪れたベトナムでOEM生産の話を耳にする。
そこでふと先代が考案した野袴を思い出した。
「ベトナムでのOEM生産なら先代ができなかった低コストでの野袴製作ができるのではないか」
そう考えた私は現地の工場を視察に行き、実際に野袴のサンプルを作ってもらった。
その工場は優れた技術を持っており、あがってきたサンプルは満足のいくものだった。
早速ベトナムの工場と契約し、野袴の生産を依頼した。

 

先代が製作した野袴に改良を加え、さらに使用強度のある高品質の生地で低価格化を実現した。


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