●当店の歴史


現在 熊本市並木坂にて着物屋として
営業している当店「こう吉」の その前身は
熊本県菊池市隈府正観寺の地にて

代々続いた染物屋です。


創業年数は概算ではありますが、
220年以上には なると思われます。

 

初代と二代目は、
当家の菩提寺が、かなり以前 火事で
消失したため過去帳が残っておらず、
詳細は不明ですが 創業は江戸末期
といわれています。


初代は 藍染を主体とした染物業
から始めたようです。


もう他界しましたが、八代目である
大正生れの祖母が、当家に嫁いで
来た頃は、裏の仕事場に たくさんの
藍染用の藍ガメがあったそうです。

 

明治時代、
特に三代目の作左衛門(サクザエモン)が
商売も だいぶ大きくやった人らしく、
藍染に加え友禅染などもやっていたようです。


当時は「正紺屋」という屋号でした。


さらに 三代目は、絵画にも傾倒しており、
当時 地元の若手で南画(墨絵)家を志す者
たちを集めて、その面倒をみながら

「村田 絵手習塾」
(むらた えてならいじゅく)

という 画家養成塾のような施設を
開設していたようです。


塾生の中には、のちに当時の明治天皇への
献上品を製作するまでになった

「山田王帝章」も輩出しました。

当家には 当時 王帝章が修行のため描いた

南画家の巨匠「田能村竹田」の写し絵が

数枚残されています。

 

 

熊本の菊池は 以前より養蚕が盛んで
あったため、当時は染物の需要も多かった
ようで、四代目から六代目までは、
藍染が主体だったようです。


七代目が京都で染の修行後に、
店を継ぎ、

戦後、店名を「村田染物店」と改め、
友禅ほか染物の業務を続けました。


その後
八代目では 地元からの
友禅染などの需要を京都の染め元へと
取り次ぐ「京染店」の業務を
専門に取り扱うように、なりました。

 

しかし

熊本でも 戦後 養蚕がだいぶ減って
しまい、以前のような染物の需要が
なくなってしまったため、


並木坂店主の代からは 菊池市から熊本市へと
店舗も移転し、店名も「こう吉」と
改名しました。 
そして
呉服及び和装小物やリサイクル着物
などを取り扱う 着物屋としての営業に
様変りをし 現在に至っています。